娘とメダカ(物欲に寄せて)

我が家の娘が小学5年生なのですが、担任の先生が理系のご出身ということか、クラスでメダカを飼っています。上手なもので段々と増えて、夏休み前には親を数匹と卵をペットボトルで作った水槽(手作り感満載)に入れて連れて帰りました。しばらくして卵が孵り、だんだんと大きくなり、その子供メダカを友人にゆずったりしておりました。寒さとともに、小さなメダカは死んでしまい、今は2匹の親メダカが残るのみです。

誕生日プレゼント

娘が誕生日を迎え、お祝いをしました。一月ほど前から「誕生日プレゼントは何が欲しい」と尋ねていたのですが、「特にない」とのことです。私は、物に関しては割に我慢に我慢を重ねるタイプの育てられ方をしました。我慢しすぎたせいか大人になってから、オモチャやマンガの大人買い一直線、あれが欲しい、これが欲しい、ストックストックの人になったように思います。最近はミニマリストに憧れてますので相当、物欲も抑えられてきましたが、それでもまだ物欲には悩まされます。どうせ手にいれただけで満足してろくに使わないと分かっても、思い浮かぶと我慢ができなくなることが多いです。「物より思い出」が自然に思える人達が心底うらやましいです。あれが欲しいこれが欲しいは浅ましいです(このブログのあれ買ったこれ買ったも同じですが...)。

中田英寿の父

以前、週刊ポストだったと思うのですが、サッカープレイヤーの中田英寿さんのお父さんへのインタビュー記事を読んだことがあります。その記事は中田英寿さんのお父さんの子育てに関する内容でした。印象的だったのは「英寿にはつまらないものにこだわらないように、欲しいというオモチャや本は全部買ってやった。だから自分が一番大事だと思うこと、サッカーや勉強に集中できたんだ」という内容でした。心理学でいうところの未完の行為がいつまでも心に残るという現象と同じだと思います。ほんとにつまらないオモチャ(本人にとって良いオモチャもある)や手に入れることのできなかった何かにこだわり過ぎて、今の自分にとって本当に大事なものが見えなかったり、リソースを費やすのはもったいないといえばもったいないですよね(まぁ本人の勝手ですし、そういう人生の味わい方もありますからダメとはいえない)。

このインタビュー記事を読む前からぼんやりそうだなとは思っていたのですが、この記事を読んでからは強くそう思い始めました。それからは、娘が小さいときには、欲しいと言ったりそういう態度を見せた物は、わりにすーっと買ってやりました。プリキュアにこだわっていたときにはトイザらスに行って、スティックやらベルト(?)やらなにやら6,7点まとめて買ったり、たれぱんだのシールが欲しいといえばAmazonにて200枚まとめて買ったり、たまごっちが欲しいといえば中古屋で何個もバカ買いし、「イヒヒ、もっと買うか」と狂気を演じたりです。娘も最初は喜んでいましたが、そのうち「なにかこのお父さんはヤバい」と思い始めたのか、物を買うときに逆にものすごく吟味して本当に欲しいものと思えるものを買い、大事にするようになりました。同時に、「世の中にくだらないものが多すぎる」とか、「お父さんは、あれが欲しいこれが欲しいの昭和の高度成長期の子供だから自分でも困るわ」とか、「本当に大事な物を長く使えて、物と友だちになれると良いなぁ」というような話もします。何が良かったのかは本当のところは分かりませんが、今のところ、兄、妹ともに物欲という点では変にこだわりのない性格に育ってくれていて、自分の拡大再生産に成らず胸をなで下ろしております。

メダカのケース

話は変わりまして、メダカですが、現在も学校から持って帰った改造ペットボトルの水槽に棲んでおります。あんまりなんで「誕生日のプレゼントの一部として、メダカのケースをプレゼントしようか?」と尋ねて、いくつか候補を見せると「どうせ、冬は越せないだろうから良いよ。もったいない」とのことでした。

 

 

 

 

 

 

うーん、良い方向なのか、想定の斜め上なのか。

大日本どケチ教Google検索結果)の本を中学生の頃、大好きでよく読んでました。大人になってどケチにはなれませんでしたね。