蚊との闘い1(シリーズ蚊)

実家と蚊

この15年ほど、蚊と戦ってきました。これは、そんな独りの戦士の闘いの記録です。

まぁ、蚊が嫌いです。刺されます。たぶん足が臭いんだと思います(「妹の靴下が蚊を興奮させる」)。O型だと刺されやすいとか、ビール飲むと刺されやすいとか言いますが、なんで僕だけ刺されるのでしょうか。特に自宅のガレージでどこからともなく蚊がやってきて、私と娘を刺す、妻と息子は大丈夫という時の、なんともいえない選民意識というか、やるせなさというか、娘は父に似るといいますが、先祖の業により足の臭さまで似たのか、父に似てしまった不憫な娘、嫁にいっても姑から「足が臭いからなんとかしなさい、当家の家風になじみません」うんぬんとなります。

若いときはそうでもなかったと思うのですが、加齢臭でしょうか、蚊にさされる。15年ほど前からなんとか蚊をやっつけられないかといろいろとごそごそしました。私が死ぬとともにこの闘いというか試行錯誤の記録もだれにも受け継がれることなく消えてしまうのかと思うと一抹の寂しさもあり、Webの端っこのあたりに記しておきます。参考までに

1.第1次対蚊戦線 蚊取り線香

嫁と結婚した時、実家に連れて行くわけですが、広島の山奥の山村ゆえに、まぁ蚊がいるわけですよ。蚊だけなく、広島にはブヨとよばれる、ブンブン飛んで刺してくる虫もいます。私の実家のあるところは、谷がちな地形で、風がよく吹き、水はけがよいのか、ブヨは少なめです。ただし、蚊は多い。嫁に自分の実家の土地を嫌いになってもらいたくはないので、ひとつの要素として、実家に行った際に、蚊を少なくしようとしました。まずは、蚊取り線香です。実家に夏に帰ると、あちこちに蚊取り線香をおいたところ、「煙すぎる」とのこと。実際、私も妻も、実家の家族も喉が痛いと言い始めて、この作戦は頓挫しました。この時、強力な蚊取り線香(森林香)も使いました。これ煙たいよ、効きますけどね。なお森林香に火を付けるときには、ターボ機能(?ゴーって音がするやつ)のあるライターが便利です。普通のライターだと森林香がごつくて火が付きにくくていらいらします。いまでも森林香はキャンプの時は持っていきます。

 

2.第2次対蚊戦線 蚊とりん

次に取り組んだのは蚊の発生源を押さえようと、実家の周りにあるゴミの中にある水たまりを減らすことです。まぁこれは何せ田舎なので、やってもキリがない。実家だけでなく、近所の家や田畑、工場とかもあるので、むだと言えば無駄です。なんとか蚊の発生を減らせないかなと取り組んだのが、蚊とりんの設置でした。リンク先のHPに蚊とりんで発生を抑えた蚊の死骸が載っておりますが、我が家はここまでではありませんでしたが、よく覗くと、ちらほら蚊が死んでおります。ボウフラはうようよという感じでした。田舎の実家の周りの畑や小屋に10個以上、自宅には5個ほど起きました。定量的に測定したわけではないので印象論になりますが、確かに設置前に比べると、実家の蚊が少なくなったように思います。自宅はよく分からない。

私の実家はまわりずらっとが自分のところの畑、田んぼ、作業用の小屋、近所の家も親戚だったりするので、一声かけて(「おばちゃん置かせて」)、庭先に蚊とりんを置かせてもらって広範囲に蚊の発生を抑える対策がとれましたが、街の真ん中の一件だけが対策しても効果的とはいえない気がします。町内会とかで対策して、一家に一個ずつ設置したら、その地域は蚊が少なくなるのではないでしょうか。

蚊とりんの動画は、youtubeで蚊とりんといれてください。いくつかでてきます。

この動画、ボウフラがとれてますね。この動画のとおり、草木の影におくとボウフラがたくさんはいりますよ。これはうちも同じです。でも単なる影ではなく、低木やこんもりとした草の影がいいです。実家では、古い柿の木の下の地蔵さんの横の草むらの中においたら、ボウフラうようよでした。

蚊との闘い、戦後の歴史をふり返る

歴史を辿り、死んだ祖母が話していたのですが、戦後すぐの頃、農村生活改善運動の一環として婦人会が、蚊の退治に3年ほど取り組んだことがあるそうです。蚊を捕まえてその死骸を集めると、100匹で何かと換えてもらえる(半紙にノリで蚊をつけて、換えてもらえるのはたしか野菜か果物だった気がする)とか、薬剤を竹の切り株、古タイヤ、空き缶に入れて歩く、水たまりを無くすようにする、古い小屋に噴霧器で薬剤を散布するなどをやったそうです。村中でとりくんだところ、3,4年はほんとに蚊がいなかったそうです。

ブヨに関しては母が子どもの頃、村を流れる小川の水源となる場所に行き、1分ごとに一滴のクスリを流す取組を子供会でしていたそうです。水源が何カ所かあり、子ども達で手分けしてクスリを流したそうです。それをやると今のお金で、一回につき50円程度の小遣いがもらえたそうです。そのお陰で、母の実家の辺りでは長い間ブヨがいなかったそうです。

話は続く。